人吉・球磨に住んでいると、時々ふと思うことがある。
この土地には、目には見えない「何か」がいるんじゃないかと。
怖い話ではない。
どちらかと言えば、静かに見守っているような存在。
それが、トトリなのかもしれない。
五木の子守唄と、この土地の記憶
五木の子守唄は、ただの子守歌じゃない。
子どもが子どもをあやしながら、親に会えない寂しさや、暮らしの苦しさを歌ったものだ。
子どもの頃は何も感じなかったのに、今聞くと少し胸が締めつけられる。
この土地には、そういう「人の想い」がそのまま残っている気がする。
ばぁちゃんの「深野さん行ってくる」
子どもの頃、ばぁちゃんが言っていた言葉がある。
「深野さんに行ってくる」
当時は意味もわからず聞いていた。
ただの一言として、記憶に残っているだけだった。
でも今になって思う。
あれは、この土地の暮らしそのものだったんだと。
人が働き、支え合っていた時代の記憶。
ジロウが繋いだ不思議な縁
うちのジロウは、何度も脱走する。
困ったやつだと思いながらも、ある時ふと思った。
保護された場所が、あの「深野さん」だった。
偶然と言えばそれまでかもしれない。
でも、なぜか「繋がっている」と感じた。
昔の記憶と、今の出来事が重なった瞬間だった。
トトリは、いるのかもしれない
人吉・球磨は、水と山の土地だ。
万江川の澄んだ流れ、霧に包まれる朝の山、静かな神社。
そういう場所にいると、ふと感じることがある。
誰かに見られているわけじゃない。
でも、見守られているような感覚。
それがトトリなのかもしれない。
怖いものじゃなく、優しい存在
「霊がいる」と言ってしまうと、少し違う気がする。
この土地にあるのは、恐怖ではなく「記憶」だと思う。
人の想い、暮らし、歴史。
それが重なって、形にならない何かとして残っている。
トトリは、その象徴なのかもしれない。
最後に
ジロウのことも、ばぁちゃんの言葉も、五木の子守唄も。
全部がバラバラだったのに、今はひとつに繋がっている気がする。
だから思う。
人吉・球磨には、トトリがいるのかもしれない。
そしてきっと、今日もどこかで静かに見守っている。

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